『交わる混沌』

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「賢者の石、ですか!?」
あたしは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

・・・あ。えーと、こほん。
あたしの名前はミープ。ごく普通のエルフの女の子で、冒険者。
ん、冒険者の時点で普通じゃない?
そりゃまあ確かに普通の市民は、こんなビキニアーマーとか着ないでしょうけど。
特別な功績とかないもん。だからほら、冒険者としては、ごく普通よ。
・・・言っててちょっと悲しくなったけど。

何の話だっけ。ああ、そうだった。
おとといね、ギルドで、ちょっと遠いこの村から、簡単そうなクエストの依頼が出てるよって教えてもらったの。
何か探し物なんだって。
それではるばる来たわけ。ちょっとどころか、すごく遠かったけどさ。

そしてつい先ほど、依頼人に話を聞き始めたんだけど。
探し物って・・・賢者の石!?
それ確か、道を究めた錬金術師が捜し求める、究極の物質じゃなかったっけ?
目の前の依頼者、ごく普通の町の人に見えるんだけど、実はすごい錬金術師だったりするの?
そしてこのクエストも、すごい高レベル向けなんじゃないの?
中レベルで、並みの、普通の冒険者のあたしが・・・うう、言っててまた、悲しくなるんだけど。
まあ、そんなあたしが、一人でどうにかできるクエストじゃないでしょ、こんなの。

そう、今回はあたしひとりなの。
いつもは仲間といっしょでさ、大抵は4人くらいのパーティを組んで、冒険してるし、クエストも受けるの。

でも、今回は一人でやってみようって思ってさ。
ううん、違うわよ、仲間が嫌いとかじゃないからね?
どっちかというと好きよ?
特に、レンにだけは本当は、ちゃんと話をしておこうかなって思った。
でも、あたし今、レベルが他の3人に比べて低いのよ。
だから、軽めのクエストを一人でじゃんじゃんクリアして、経験値を稼いで、少しでも彼に追いつきたいなって。
お荷物になっちゃうの、やだもん。いくら彼が気にしないって言ってくれてもさ。

でも、彼に声掛けちゃったら、結局、手伝いに来るとか言い出しそうで。
それじゃ却って悪いじゃない。だから、今回は内緒なの。

・・・そう、思ったのにぃ。
一人でできないんじゃ、来た意味ないじゃないの。
ギルドのうそつきー。簡単そうなクエストって言ったのにぃ。

とかそんな事を考えたあたしに、依頼人が説明を続ける。
「はい。うっかり捨ててしまったようなんです」

・・・はれ? えーと?
賢者の石を、これから新たに探すんじゃなくて、この人もう、持ってたの?
で、それをうっかり捨てた?
うっかり捨てちゃえるような物なの、あれって?

「・・・捨てた、ですか?」
「はい。1ダース溜まったのでパナケイアを作ろうと思っていたのですが・・・」
また、さらっと凄い名前が出てきた。
パナケイアって万能の薬とか、逆に賢者の石の材料とも聞いた事があるような・・・
まあいいわ、専門外だし。
いったい何者なのよこの人。それに、1ダースって何事?

「ずいぶんたくさん持っていたんですね」
「以前は安定して入手するのは難しかったのですが、今なら毒キノコを10個、所定の場所に常駐している鳥に与えれば引き換えに受け取れますからね」
「・・・鳥?」
「はい。ですがキノコは1つずつしか受け取ってくれない上に、石をもらったら一度その場を去らなければいけないので、結構面倒ではありますが」

面倒って・・・それ、ぜんぜん究極の物質の話に聞こえないんだけど。本当に賢者の石なの?
・・・うん、だから専門外だし、よく判らないので、そこの所の詮索はやめよう。

「どういう経緯で捨ててしまったのでしょう」
「移動中に、絡んできたモンスターを護衛の人が倒してくれたのですが、その結果、雑多なアイテムで持ち物がいっぱいになってしまったのです」
「だから捨てたんですか?」
「いえいえ、さすがに賢者の石を捨てる気は無かったのですが、いざ帰宅すると手元にありませんでして。不要なアイテムを何度も捨てていた時、それに紛れて捨ててしまったとしか思えません」
「では、捨てた場所は判っているんですか?」
「おおよその範囲は判っています。でも私が自力で探しに行くには危険な場所ですね」
「・・・つまり、その辺りを探し、落ちている賢者の石を拾ってくればいいんですね?」

なるほど。そういう「探す」ね。
それなら確かに、それほどの難易度じゃあないわ。
ごめんねギルドの人、うそつきなんて言っちゃって。

「無事持って帰っていただけましたら、報酬はこれでどうでしょうか」
そう言って依頼人の示した金額とアイテムは、かなり気前のいいものだった。
「は、はい、これだけ頂けるのでしたら」
うっかり余計な事を言ってしまう。値切られたらどーすんのよ、あたし。
「割と危険な場所ですからね。複数の境界が隣接しておりますし」
「・・・教会が?」
それの何が危険なのかよく判らない。
あ、宗派の違う教会が近くにあったら、トラブルが絶えないとか、そういう意味かな?

「はい、境界です」
「判りました、気をつけます」
依頼人と微妙に話がかみ合ってない気がするけど、肝心のお仕事の内容は把握できた。
ならまあいいか。

周辺の地図を受け取り、賢者の石の特徴、間違えて捨てたであろう範囲と、最寄りの目印を聞いて、あたしは問題の場所に向かった。
町から離れると、ちらほらモンスターが出没し始める。
いつもの場所よりずいぶん遠いだけあって、見たことのないモンスターが多い。
でも、そんなには強くない。襲ってくるのも時々いたけど、全部返り討ちにした。
あたしだって、曲がりなりにも経験を積んだ冒険者だもん。
一般市民の依頼人にとっては、この程度の雑魚モンスターでも十分命取りなんだろうけど。

最初の目標地点にたどり着いた。
目印の川をみつけ、草を分け入って近寄ってみる。
虫や小枝が鬱陶しいけど、今あたしが装備してるみたいな、一見肌の露出の多いビキニアーマーでも大丈夫。
だって冒険者の装備には、大なり小なり魔法が掛かってるのよ。
それが、小さな障害物や小動物程度なら寄せ付けないの。本格的な攻撃を防げるわけじゃないけど。
さもないと、藪に入るだけで手足が引っかき傷だらけになるし、森の奥や水辺では、虫に刺されたりヒルに食いつかれたりしまくっちゃうわ。
戦闘どころか簡単な調査すら、やってられない。

魔法が掛かってる分、普通の衣服や鎧より、ずっと値は張るけど、それだけの価値はあるわ。
あたしみたいな相対的に筋力の劣る冒険者にとって、機動性を優先した軽装で済むのは助かるわね。
もちろん重装備の鎧でも、同種の魔法はかかってるわよ。むしろそういうのこそ、虫に入られたら始末に負えないもん。

・・・あった。
賢者の石がじゃなくて、目印。最近誰かが通ったらしい形跡を見つけちゃった。
突き出している木の枝が折れ、草がちょっと千切れている。
依頼者はここを通って、さっきの町に帰ったはず。だからあたしは逆にこの先に進めばいい。
足元を調べながら進んでいると、背後から何か近寄ってくる気配を感じた。
そっちを向いて、ちょっとぎょっとする。

かなり大きなモンスターだった。
人くらいあって、四足のなんだか虫みたいな感じの見た目。
触手が2本生えてて、尻尾には平べったい突起がいくつも突き出してる。
そして、どう見てもこっちを襲う気満々だった。
さてどうしよう。
こいつも初めて見るタイプだけど、周囲のモンスターの強さから考えると、そこまで強力じゃないはず。
道一本動いただけで、いきなり敵が倍も強くなったりするとは思えないし。

そう判断し、剣を構え直したあたしに、そいつが体当たりを仕掛けてきた。
がきん!
篭手で突撃を受け止め、叩きつけてきた触手を剣で払いのける。
それでも少し衝撃を食らってしまた。
くっ、思ったより強い!
でも、恐怖を感じるほどじゃない。これなら勝てる!

『耐久力が下がりました』

・・・?
え、何なのいまの。誰かの声? どこから聞こえたの?
いえ、声じゃなかったような。じゃあいったい何?

がつん!
「あうっ」
気をとられてる場合じゃなかった。触手の一撃を腰と足に食らう。
幸い防具で防げたので、怪我はしてない。

『耐久力が下がりました』

・・・まただ。でも気にしても仕方ない。
モンスターに向かい合うと、あたしはいきなり半歩飛び下がる。
向こうはあたしが近づいてくると想定していたのだろう。一瞬反応が遅れる。

その隙を狙い、逆に距離を一気に詰めた。逃げようとしたんじゃなくて、初歩的なフェイントよ。
相手もすぐ反応はしたけど、ちょっと遅い。
こっちの剣の一閃で、触手の片方を切り飛ばしてやった。

モンスターも黙ってやられる気はない。懇親の力を込めて突撃を試みてきた。
モーションが大きい。回り込みながら剣を奴の胴に突き立てる。
次の瞬間、苦痛で振り回された、残ったほうの触手をかわしきれず、軽く食らった。
胸当てと篭手で防いだけど、腕と胸に少し傷を負った。
大丈夫、かすり傷ね。血も出てないし、毒も無いみたい。

『耐久力が下がりました』

ああもう、うっさい!
剣に力を込め、深々とモンスターの胴を抉る。
断末魔の震えを感じ、すぐに奴は動かなくなった。

ふう。
大丈夫。こっちのダメージはほんのちょっと。続けての探索に支障はない。
でもなんだったの、さっきの謎の声・・・かどうか良く判らない変な告知は。
別に何も問題は起きてないんだけど。

モンスターの死体を後にして、あたしは探索を再開する。
茂みの中に何か見つけた。知らない動物の角だ。
ちょっと向こうには、何かの牙と、皮の断片が転がってる。
ずっと向こうに大きな虫の羽根がある。更にその向こうには、羊皮紙の断片が落ちていた。

ああ・・・ここか。
依頼者が、物を持ちきれなくなって、片っ端から捨てたって言ってたよね。
脈絡のない物品が、茂みに紛れて断続的に、不自然に落ちている。
この雑多な物品をたどって行けば良さそうね。

ところでちょっと気になるんだけど、教会なんてどこにあるの?
こんな森の奥、教会どころか、まともな道もないんだけど。人の気配もしないし。
まあいいけど。教会に用事がある訳じゃないんだし。

落ちている物品を目印に、しばらく進む。
落とし物は、たまに距離が離れてたりしたけど、向きの見当を付けて探せばなんとか次を見つける事ができた。
でも、本来は目印として捨ててた訳じゃないので、しばしば見失いそうになる。

探索し始めの場所は川に近い分、木の切れ目があったけど、この辺はうっそうって感じで、全体的に暗い。
すっかり奥まで入っちゃった感じ。
方向感覚に自信はあるから、どっちが町なのか、ちゃんと判ってはいるのよ?
でもここに来るのは当然初めてだから、周囲の様子に見覚えなんかあるはずもない。さすがにちょっと不気味ね。

さっきのモンスターの強さから考えて、この辺でも、まだそこまでの危険はないはず。
それより問題は、次の目印がまだ見当たらない事ね。
こっちでいいと思うんだけどなあ・・・。

「あ」
赤い物が見えた。さっきの落し物からちょっと離れてるけど、あれかな?
草を掻き分け、近づいてみる。
木と木の隙間から、それが見えた。
やけに目立つ、赤い宝石に見える物が、固まって落ちている。
怪しいな。
いえ、その存在がじゃなくて、あれってひょっと・・・。

でも、大きな木が壁みたいに枝を張ってて、すごく邪魔。これじゃ通れないなあ。
仕方がないので木を迂回し、岩を乗り越えて、やっとたどり着いた。
草むらの中に落ちているそれを、1つ拾って調べてみる。

・・・やった!
間違いない、これよ。聞いてた特徴と一致するもん。賢者の石、発見。
でもこれがそうなの? なんかただの赤い宝石って感じ。
まあいいか。
とりあえず12個全部、回収っと。あとはさっさと引き上げるのが吉ね。
でもさっきの道順って、何か違うなあ。依頼人は本当はどこを通ったんだろ。

木が生えていない、森が少し開けてる場所が横にある。
道なのかな? あそこを通ったの?
その、草も生えていない、小さな荒地を横切ってみる。

ずぶん!
「きゃっ」
いきなり足元が崩れ、両足が膝まで、白濁した水面に潜ってしまった。
え? え? なんで水?
さっきまで地面だった筈の周囲も、水面に変わっちゃってる。
地面が崩れたの? その下に水の溜まった空洞があったって事?

足を上げようとしたけど、うまく動かない。何かに引っかかってるような・・・。
・・・ち、違う、水面の下に何かいる!
半透明のクラゲみたいな塊と、そこから生えてる大小の触手。
その触手をあたしの両足に巻きつけて、しっかり捕まえちゃってる!

ぱちゃっ。
「あ、あっ」
水面と、あと周囲の茂みから、白濁色の触手が伸びてきた。片手に巻きつかれてしまう。
だめ、これ以上拘束されたらまずい。
既に足が振りほどけない。結構しっかりした力で引っ張られてる。
あ、待って?
それならこいつ、実体というか、構造があるのかな。
スライムとは違うのなら、物理攻撃が効くんじゃないの?

剣を振り上げ、水中にある塊の部分に突き立てる。
ざくっ!
確かな手ごたえ。あたしを捕まえていた触手がびくっと震えて、拘束が緩む。
いける。あたしは再度剣を振り上げ、今度は両手で突き下ろす。

ぼきん。
「え!?」
剣が・・・・・・折れた?
なんで? どうしてこの程度で折れるの?
緩みかけてた足の拘束が締め直される。手もきっちりと捕まってしまう。
「はなせぇっ!」
多少は動かせるほうの手で、襲ってくる触手を払いのけようとするけど、あまり効果はない。
どうしよう。そこまで力が強くないけど、一方的に振り払えるほど弱くも無い。
それに足が捕まってるんじゃ、逃げられない。

ぴとん。
「ひっ」
触手の一本が、胸当てに押し付けられた。
執拗に、そのまま胸を撫でてくる。
防具越しだから実害はないけど、ううっ、気持ち悪いよお。
「・・うあうっ」
今度は股間を別の触手に撫でられた。こっちは複数の触手が、代わる代わる触れてくる。
普通の服だったらやばかった。破られるか脱がされるかしちゃいそう。
もしもっと重装備の鎧だったら、かえってまずかったかも。隙間から入り込まれちゃいそうだもん。
ビキニアーマーなら身体に密着してるから、まだましかも。

でも何がしたいのよ、こいつ。触りまくるだけ?
あたしを食べたいって感じじゃないし。何か意味不明ね。
でも、いくら実害が無いと言っても、このままだとどうしようもない。
たとえばトイレとかどうしよう。
いえ、その前に、捕まったままじゃ、別のモンスターが来たら対処できない。
何か手は無いかな。
小物入れに何か役に立つ薬入ってなかったかな。

ぱきっ。
「・・・へ?」
あたしは信じられない物を見る目で、自分の身体を見下ろした。
胸当てが取れてる。
横の金具が折れてずり落ち、あたしの、ささやかな胸が剥き出しになっちゃってる。
なんで?
触手がこねくり回してただけなのに。そんなので壊れるような物じゃないのに。

「ひゃいっ」
さっそくというか、心なしか嬉々とした様子で触手がそこをこする。
さっきまでとは比べ物にならない刺激が伝わる。
防具が壊れたのと同時に、その周囲の防御魔法も切れちゃったんだ。
「や、や、あ、だめっ」
でも、なんで?
防具はちゃんと整備してたよ?
そりゃあ、永久に壊れない訳じゃないけど、こんなの早すぎるよ!

・・・あ。
さっき・・・『耐久力が下がった』って、声みたいなの、言ってたよね?
そして剣が折れて、胸当てが壊れて。
まさか・・・あのモンスターの攻撃・・・武器とか防具とか・・・駄目にしちゃうの!?
え、じゃ、まさか、下も!?

ばきんっ!
腰の左右とを繋ぐ部分が砕け、股宛てが水面に落っこちた。
「あっ」
触手はあたしの両足を開き気味にした姿勢で捕まえてた。
だから・・・一番肝心な部分が・・・触手の前に剥き出しで・・・

ずりゅっ!
「ぎゃうっ!」
触手があたしの中に突き込まれた。
ぐりゅぐりゅ・・・めり・・・
「や、やめ・・・いたっ・・・うぐっ」
ぐちっ、みちみちみち。
触手がもっと奥に入ろうと、ぐいぐいと力を加えてくる。
必死でその触手を掴んで、抜こうとしたけど、ぬるぬるしてて引っ張りようがない。
そして他の触手が、手助けするみたいに、横から引っ張って、そこを広げてしまう。
「そんな、さ、裂けちゃう、だめぇっ」
ぶちっ・・・
「ひっ!」
めりめりめりっ・・・
「あ・・・あぐうっ・・・」
抵抗を突き破って、触手が一気に奥まで入り込んだ。

ぐちっ・・・ぐちっ・・・
粘っこい音を立てて、触手がねじれるように動き、あそこの中をえぐる。
水面にぽたぽたと血を垂らしながら、あたしは触手に犯され続ける。

「・・・も、もう・・・やめてえ・・・ふぎゃっ!」
お尻の穴にも別の触手を突っ込まれた。
そっちも穴をこじ開けながら、奥にもぐりこんでいく。
「やぁ・・・たす・・・け・・・あ、あっ・・・」
あたしのお腹の中を、好き勝手に触手がかき回す。
もう痛くて、抵抗するどころじゃない。
もし今転んだら、水中で更に何をされてしまうのか。
その恐怖が、かろうじてあたしを立たせていた。
でも・・・でも・・・
「いたいよぉ・・・いたい・・・たすけてぇ・・・」
もう、限界。立ってられない。

どくんっ!
お腹の中で、触手が何かを吐き出した。
「ふぎぃっ・・・!」
それを浴びた場所が、すごく熱くなる。酸でも吐いたんだろうか。
焼けちゃう・・・おなかの中・・・あ、あ・・・焼けてくよぉ・・・
「はう・・・は・・・ああっ・・・」
息が荒くなり、心臓がどきどきと激しく鳴る。
ひどい眩暈がしはじめる。

ぐっちゅ、ぐっちゅ、ぐっちゅ。
触手が焼け爛れたようになった場所を激しく掻き混ぜ、責め立てる。
酷い事をされてるはずなのに、なぜか、もうそれほど痛くない。
おなかの中の熱さが、あそこに伝わっていく。
触手を入れられた所分から、血じゃないものがあふれ出し、内股と触手に伝い落ちていく。
まるで、自分のその部分が、溶けていくみたいだった。

「あ・・・ああう・・・あふ・・・は、はう・・・」
あたしはかすれた喘ぎ声を漏らす。
考えがまとまらない。身体中が熱くなっていく。
そして・・・息が苦しい。
だるいのに、心臓がありえないほど早く鼓動している。
手足の端っこからじんわりと痺れていき、感覚がなくなっていく。
目の前がぼやけながら、暗くなっていく。

もう・・・だめ・・・息・・・できない・・・
苦しい・・・だれか・・・たす・・・け・・・て・・・れ・・・レン・・・たすけてぇ・・・

熱っぽいのに、背中からひんやりとした寒気が伝わり、それが全身に広がっていく。
ぞくぞくと悪寒が走り、痛みが身体じゅうを侵していく。

あたし、死んじゃう・・・の・・・?
レン・・・ごめん・・・
やっぱり・・・ちゃんと・・・言っておけば・・・よか・・・

そして、あたしの思考は途切れた。

 * * *

しゃわわーん・・・

「・・・あ・・・?」
え、あれ、なに?
あたし、光に包まれて、ふわりと宙に浮かんでる。
いったいなんで? 状況が把握できない。

ふっと光が消え、その場に崩れるようにしゃがみこむ。身体に力が全然入らない。
「あうっ・・・」
激痛が襲ってくる。
さっきまで感じていなかった、いえ、感じることすらできなくなっていた、痛み。
おなかが・・・あそこが・・・ずきずきと、もの凄く痛い・・・

「ミープ!? 俺が判るか!?」
焦った様子のレンが、あたしの肩を支えたまま、顔を覗き込んだ。
「・・・レン?・・・」
地面にへたり込んだまま、あたしは呆然と言う。
「よ・・・良かったあぁぁ」
「・・・なんでレンが・・・ここは・・・」
そこまでつぶやいて、唐突に思い出す。
賢者の石とか、触手とかの事を。

女の人の声が聞こえた。
「効果があったようですね」
「?」

声のほうに、どうにか顔を動かす。
見知らぬ女の子がいた。背がちっちゃくて、立った時のあたしの腰までくらいしかない。
黒っぽい服を着て、つばの広い、上がとんがった帽子を被っていた。

「しばらくは衰弱状態のはずです。無理はしないでください」
「ありがとうございます!」
半泣きになりながら、レンがその人に頭を下げる。
ええと・・・その、状況を考えると、あたしこの人に助けてもらったの?

「あなたはそこの先で、モンスターに捕まってたそうですよ」
その人が、あたしの困惑した表情を見ながら、背後を指差す。
あ!
あの大きな木って、根っこの近くにうろが開いてたのね。あれなら人くらい通れそう。

レンが言葉を引き継ぐ。
「お前はスライムもどきに半分埋まってたんだ。思い切って駆け寄って、引きずって離した。幸いそいつは俺には何もしなかったからな」
黒い服の人が補足する。
「あれが襲うのはもっぱら女性ですからね。でも虫の居所が悪いと、男でも容赦なく攻撃します。運が良かったですね」
「だけどお前・・・もう息をしてなくて・・・」
レンがあたしの手をぎゅっと握り締める。
「いちかばちか蘇生してもらうにも、ここは町から遠すぎて・・・ほんと、どうしようかと思ってたら・・・その人が通りかかってくれて・・・」

黒い服の人が柔らかく微笑み、言った。
「この辺りは定期的に見回ってるんですよ。あの場所には、いくら焼いてもすぐに同じタイプのモンスターが来ちゃうんです」
その様子は、あまり子供に見えない。この人外見と違って、実は全然子供じゃないのかもしれない。
レンがうなずく。
「それで、蘇生魔法を試してくれるって言ってくれたんだ」
「ある程度は賭けだったんです。魔法の体系が違うので、回復魔法はこっちだとほぼ効かないので。うまく効いて良かったです」

こっち?
ちょっと引っかかったけど、でも状況はだいたい判った。
あたしもその人にお礼を言う。まだ途切れ途切れでしか喋れないけど。
「・・・助けて・・・くださって・・・ありがとう・・・ございます」
「助けたと言っても、さっき言ったように私は蘇生しただけですから。モンスターから引き離したのはその人ですし、モンスター自体は、あなたの反応が消えたので興味をなくしたんでしょうね」

レンが合点がいった風に叫ぶ。
「そうか! ミープが死んじゃったから、あの」
「戦闘不能です」
黒い人が言葉を挟む。
「え?」
「戦闘不能状態です」
穏やかだけどきっぱりとした口調で言い切られた。
でも、あの時の状態とか、レンの言動から考えると、あたし、死んでたんだろうと思うけど・・・

「・・・戦闘不能状態になったから、あのモンスターはもう、何もしてなかったのか」
レンが言い直した。あたしもあえて何も言わない。
どうやら死んだって言ったらいけないっぽいし、この人恩人だものね。

あたしが疑問を口にする。
「でも・・・獲物を食べもしないなんて・・・変なモンスターですね」
「もともと食べるつもりはないんですよ。あれは女の子を弄ぶ事だけが目的のモンスターなんです。だから獲物が反応しなくなると、関心を無くすんです」
「女の子を・・・???」
「だから、あなたもすぐに殺そうという気はなくて、何日もネチネチいたぶる気だったはずですよ」
「あうう・・・」
思わず身震いしてしまう。
あの状態で何日も責められ続けて、正気を保てるとは、とても思えない。
ところで今、この人うっかり「殺す」って言っちゃってるけど、本人気づいてないみたいだから、突っ込むのやめとこ。

「だけど、モンスターが分泌した媚薬があなたには強すぎたんでしょうね。ああいう経験、初めてなんでしょう?」
「は、はい・・・」
「だからそのショックに身体が耐えられなかったんだと思います。運が良かった・・・と言っていいのかどうか判りませんけど」

そうよね。死んでなかったらもっと酷い事をされてたはず。
でも、それなら死んだのが幸運かっていうと、それも違う気がする。
この人が通りかからなかったら、終わってたもん。

「なんで・・・女の子にそんな事・・・するんだろ・・・」
「本能でしょうか。女の子を弄ぶことが至上命題になってる世界から来たからでしょう」
「世界?」
「この辺りは複数の世界の境界線が交錯してるんです。それで、隙間から異世界のモンスターが、ちょくちょく行き来してしまうんですよ」
「あ・・・ああ・・・」

境界ってそっちだったのね!
もっとはっきり、判るように言ってよ依頼者のひとー!
でもさ、食べもせず、ひたすら女の子に酷い悪戯をするのが最優先って、どういう世界なの、それ?

「たとえば、これですけど」
黒い人が、自分の足元に落ちていたあたしの防具、胸当ての一部だったものを拾い上げた。
それで気が付いたけど、今のあたしは裸同然だった。
あのモンスターに襲われていた時は、まだ残っていたはずの防具も、ばらばらになってそこらに転がっている。

「あっ」
その人の手の中で、胸当ては更に分解し、外装と当て布が落ちる。
「この通り、酷く劣化しています。あの液状モンスターとはまた別の世界の、装備の耐久力を失わせるモンスターにやられましたね?」
「やっぱり・・・あれって、そういう奴だったのね・・・」
「この辺りは、別の世界と隣接しているからこそ、珍しい素材も手に入るので、それ目当てでやってくる人がしばしばいますけど・・・」
「・・・あ」
ひょっとして、依頼人の賢者の石も、そういう関係で手に入れたんだろうか?
だって本来は凄く貴重な物のはずよね?

「事故も多いんですよ。大部分のモンスターに勝てたとしても、とんでもない伏兵が紛れ込んでいますから。この辺りに中レベル程度で来るのはお勧めできません」
「はい・・・」

それはよーく思い知った。自分の身体で。
確かに装備を劣化させるモンスターは、それ自体はさほど強くなかった。
でも、装備を失ったせいで、その後が酷いことになっちゃった。
それに、防具や武器が無事でも、あの触手相手に、本当にどうにかできたかどうか。
あいつがどんな奥の手を持ってたか、判ったものじゃないもん。

ずきっ。
「うっ・・・」
めちゃめちゃにされた股間が、激痛と鈍痛に責め立てられ、ひどく疼く。
黒い服の人が短い呪文を唱え、あたしの周囲に白い光が、下から湧き出し、そして消えた。
「駄目ですね。やはり回復魔法が効きません」
その人が言う通り、光が沸いた一瞬、少しだけ楽になるけど、それだけだ。

「今のうちにここから離れた方がいいでしょう。今ならこの近辺に、他に危ない相手がいないのは確認済みですから」
その人の言葉にレンもうなずく。
「そうさせてもらいます。行こう、ミープ」
彼が上着をあたしに掛けると、肩を貸して立たせてくれた。
立つのすら正直辛かったけど、まさか抱えて運んでもらう訳にはいかないもの。
そんな事をすれば、襲ってくるであろう道中のモンスターに対応できない。

黒い服の人は、木のうろのほうに向かっていた。
あたしは思わず声をかける。
「あの・・・どこへ?」
「あなたに悪さした奴を、とりあえず片付けておきます。どうせしばらくしたら代わりが現れるでしょうけど」
「危なく・・・ないんですか?」
「大丈夫ですよ、攻撃魔法が使えるのは確認済みなので、下手に接近しないで遠くから範囲で焼いちゃいます」
あたしを安心させるように、その人が微笑む。言ってる内容は聞きなれないけどわからなくもない。
そしてどうやら見た目は子供みたいだけど、ずっと年上みたいな気がする。
さっきの言い方からすると、相当の高レベルでもあるんだろう。

「それに、私もこの世界の人間じゃないんですよ。見回りに来ただけなんです。どのみち一緒に町には行けません」
「ええっ!?」
驚くあたし。その腕を、レンが引く。
「新手のモンスターが近づいてる。急ぐぞ」
「あ、うん・・・」
あたしは、よたよたとその場から離れながら、もう一度お礼を言った。
「あの・・・ありがとう・・・ございました・・・」
「どういたしまして」
その人はそのまま木のうろに入っていき、こちらからは見えなくなった。

あの触手をどんな風に片付けるのか、ちょっと見たくはあったけど、残念ながらそんな余裕はない。
レンはともかく、あたしは何かあったら、あっさり死んじゃいそうなほど弱ってたもの。
逃げられるうちに、逃げなくちゃ。

道中で、何度か襲ってきたモンスターはレンが片付けた。
やがて、町までもう少しという所まで戻った時。
「レ・・・レン・・・」
息を荒げながら、あたしは足を止めた。肩を貸してくれていたレンも、その場にとどまる。
「どうした? ・・・うっ!?」
レンがあたしの様子を見て、軽くうめいた。
それから、焦って荷物から野宿用のシートを出して広げ、そこにあたしを座らせる。

「大丈夫か?」
「はぁっ・・・はぁっ・・・う・・・うん・・・」
もちろん、全然大丈夫じゃない。
全然力が入らないし、足腰が立たなくなっている。視界すらちょっとぼやけている。
そのあたしの剥き出しの足を、レンが焦った様子で見ていた。
血の混じったあたしの体液が、あそこから内股を伝って足を濡らし、半分を薄い赤で染めている。

レンが唇を噛み締めると、言った。
「これ以上は無理だな。この辺ならもう危険はないはずだ。急いで町まで戻って助けを呼んでくるから、ここで」
「だ、駄目ぇっ!」
大丈夫じゃないけど、レンの思ってる様な意味じゃないの。

「え?」
「行かないで・・・」
「心細いのは判るけど、このままじゃ」
「違うの・・・引き留めたのは、もう歩けないからじゃないの・・・体力だけなら、蘇生してもらった時より回復してるもん・・・」
「それなら、なんで」
「このまま町に戻ったら・・・あたし・・・何するか判らない」
「ど、どうしてだ?」
「あのモンスターの媚薬が・・・おなかの中に残ってるの・・・そのせいで・・・もう・・・」

しばらく前から、痛みは全く感じなくなっていた。
足を濡らしてるのは、確かに血も少しは混じってるんでしょうけど、ほとんどは、あたしが・・・気持ち良くて、あそこから溢れさせてしまった、体液。
そして、さっきから頭をよぎるのは、触手にされた色々な酷い事だった。
あれを、またして欲しくて堪らないの。
もっと激しく、目茶目茶にして欲しくて、うずうずしてる。
今のあたしは、心も身体も、えっちな事をしたくて、我を忘れそうになっていた。
普通の経験すら、一度もした事がないのに。一足飛びにこんな感覚教え込まれちゃうなんて。

「もう、押さえられない・・・こんなので町に行ったら・・・誰彼かまわず・・・襲っちゃう・・・」
「そ、そんなに・・・」
「でも・・・好きでもない人と・・・ほんとは、そんな事、したくないよぉ・・・」
「ミープ・・・」
「レン・・・もし、もしね? あたしを・・・少しでも嫌いじゃないなら・・・お願い・・・ここで、抱いて・・・」
「俺は・・・俺は、いいけど・・・でもお前は・・・それでいいのか・・・?」
「うん・・・あのね・・・追いかけてきてくれたのが・・・レンで良かったって・・・思ってる・・・他の人じゃなくて・・・あたしの好きな、レンで良かった・・・」

さっき教えてもらったんだけど、実はこの近辺のクエストの、難易度評価が引き上げになったんだって。まあ、そりゃそうよね。
レンは、そのクエストをあたしが既に受けてしまった事をギルドで聞き、心配して追っかけてきた。
そんな彼になら。
ううん、彼だからこそ。

彼は真剣な顔で言った。
「・・・俺も今、思ってるよ・・・他の奴じゃなくて、俺がお前を追いかけて、本当に良かったって・・・」
「レン・・・」

こんな事が無かったら、あたし、ちゃんと告白できたんだろうか。
それだけは・・・あのモンスターに感謝しなくちゃいけないのかなあ。
あまりあんなのに感謝したくはないんだけど。

 * * * *

「い、いたたたた・・・ううっ・・・」
もう全然痛くなくなったと思ってたのにぃ。レンの・・・目茶目茶痛いよぉっ・・・
「大丈夫・・・か・・・?」
「だ、大丈夫じゃない・・・でも・・・」
「でも?」
「抜いちゃ・・・いやぁ・・・」
あたしは彼の身体の下で、痛みの許す限り、精一杯甘えた声を出した。
あたしの中に、レンのが入ってる。あそこ一杯に、彼のを感じる。
それは凄く痛いけど・・・もう、泣くほど痛いんだけど・・・

・・・でも、幸せだった。


その後、たっぷり何度も何度もしてもらって、やっとあたしの身体は、いくぶんまともになる。
少なくとも、無差別に誰かを襲っちゃいそうな状態ではなくなった。
・・・まだ、して欲しくて疼いていたけど、レンが相当ばてちゃったから、これ以上はお預けね。

少し休んでから2人で町に戻り、まずは宿に行った。
ほぼ裸だったあたしを見ても、宿の人は特に驚かない。こういう装備だと思ったみたい。
一般人なら見たら、ビキニアーマーも裸も大差ないの? 失礼しちゃうなあ。

最低限の服を手配し、そしてあたしも彼も身体を休める。
・・・さすがに、何もしないで、寝ただけよ。
あたしはともかく彼がもう、へとへとだったもん。

あの場所で、レンがあたしの小物入れをちゃんと拾ってくれてたおかげで、翌日、依頼者に賢者の石を納品できた。
クエストを無事達成し、報酬を受けとる。レンと山分けしたかったけど、それは断られちゃった。
装備を買いなおさなきゃいけないから、物入りだろうって言って。

そして今。
あたしは、せっせとレベル上げに励んでいる。
基本は仲間といっしょだけど、レンと2人組みのことも増えた。

目標もあるの。
例の場所で、今度はちゃんと自力で、怪しいモンスターたちと戦えるようになる事よ。
半端なレベルじゃ返り討ちになっちゃうもの。
そしてもし、あそこで困ってる人がいたら、今度はあたしが助けてあげられるようになりたい。
頑張らなくちゃ。
見てなさいよ、あのいやらしい触手モンスター!

<おわる>
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そういう返り討ちフラグを立てるのは正直お勧めできない。

ところでLv10前後の敵がいる所から脇道に入るとLv90前後の敵が徘徊してるのは正直ゲーム的にどうかと思うぞ。