『プールの太郎くん』

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ぎらぎら輝く真夏の太陽。真っ青な空、やかましいほどに響き渡るセミの声。
こういう日は冷たいもの、涼しいものがが何より敬われる。
カキ氷とか。扇風機とか。
クーラーの効いたデパートや、図書館もありだ。
あるいはプールなんかどうだろう。

「きゃっほー、ひっとり占めぇー♪」
基本が青で配色された綺麗なプールを前にして、芹香が歓声を上げる。
目にした人がいれば、はて、どこの小学生だと思ったろう。
彼女の実年齢はもっと上だが、この可愛らしいけれど幼く子供っぽい顔に、未発達な子供体型。
そこに更に紺色のスクール水着の組み合わせだ。
これで子供以外にどう思えというのか。

ところで、プールには他の誰もいない。彼女の言った通りの独り占めだ。
この状況は、大人でもはしゃぎたい気分になるかもしれない。

こんな好天候にも関わらず、プールに誰も居ないのは、いくつか理由がある。
まず大きい物として、少し向こうに本物の海があった。
少し足を伸ばせば、砂浜まで完備された海水浴場があるのに、あえて優先的にプールを選ぶ者は、いなくはないが多数派ではない。
次に、このプールは近くのホテルの付属施設だから、という理由もある。
宿泊客以外でも手続きをすれば使えるが、そんな事をしないでも泳げる場所があるのだ。
そこまでしてプールを利用しようとする者は更に限られる。たとえば塩水を避けたいとかだ。
他にも理由があるのだが、今の2つでだいたい納得してもらえそうではあった。

芹香は、準備体操もそこそこに水際にしゃがみこんだ。
水をすくって、身体に掛ける。それを数回繰り返す。
冷たさに気持ち的に慣れたら、ぴょんっと飛び上がり、とぽん! と水面に落ちた。
ごぽぽぽぽ。
潜水状態からゆっくりと水面に上がって息を継ぎ、おもむろに平泳ぎを始める。
さほど泳ぎが上手くもないが、まあカナヅチではない。
「あふうー、気持ちいいよお」
水は十分冷たく、一人しかいない開放感も手伝って、実に爽快だった。

クロール、背泳ぎと、バタフライ。
どの泳ぎも上手ではないが絶望的に下手でもない、微妙な泳ぎの数々を繰り広げつつ、芹香はプールを堪能する。
だが泳ぎに限らず、水中で動くのは結構な運動負荷がかかる。
半時間ほど泳ぎまくった彼女は、さすがに疲れてプール内で立つ。
水深は浅かったので、ちっこい彼女でもぎりぎり顔は水面上に出せた。

「はあぁ。ちょっと休もうかなぁ?」
「いやいや、まだこれからだぜ?」
「・・・へ?」
背後から声を掛けられ、芹香は驚く。
誰もプールに来ていない。まめに周囲に目をやっていたから間違いない。
しかし振り返ると、水泳帽を被った背の高い細身の男がいた。
おかしい。
さっきまで誰もいなかったのに、こんな至近距離にいつの間に?

男が笑いながら言った。
「久々の獲物なんだ、きっちり楽しまないとなあ?」
その物言いと表情で、芹香は相手に危険なものを感じ、咄嗟に後ずさりした。

彼女は世間的な基準では可愛い部類だ。
子供っぽさと合わさると、日常でも標的として比較的目を付けられやすい。
その時の感覚に似たものがあった。これはなにやら危ないぞ。近寄ってはいけないぞと。

じりじり下がって少し距離が空いたところで、プールの端を目指すべく振り返る。
「・・・あれっ?」
すぐ目の前にさっきの男がいる。
「どこ行こうってんだ、つれないなあ」
手首をつかまれ、乱暴に引き寄せられた。
「いたっ・・・」
おかしい。なんで振り返るより早く移動できるのか? しかも移動しにくい水中で。
さっきもそうだ。突然至近距離にいるなんて、おかしすぎる。
しかも男の周囲の水面は静かなもので、水を掻き分けて動いた形跡もない。

むにっ。
「はうっ」
芹香の胸が水着越しに掴まれる。
「ちぇ、なんもないわ、やっぱガキか。ま、贅沢は言えないかね」
「こらぁ、なに勝手なことをっ!」
芹香は叫び、相手の手を掴んで胸から引き離した。

くる、ぐりんっ!
「あぐっ」
逆にその手を掴み返され、ひねり上げられる。
「さて、ガキとはガキ用の場所で遊ぼうな」
「い、いたたた、ちょ、いたいってば」
男は彼女の腕を離さずに、強引に引きずっていく。

プールの端に、水面の繋がっている円形のミニプールがある。
子供を遊ばせるための場所だ。水深は浅く、芹香のひざ上くらいしかない。
男がそこに彼女を突き飛ばした。
ばしゃっ!
芹香は水面にしりもちをつくが、すぐに男をきっ、と見上げる。
その目が丸くなった。
「え」
男もミニプールに上がっており、体がほぼ見えている。
細身だが筋肉はかっちり付いており、結構強そうだ。
だがそれはある意味どうでもいい。問題は、男は水泳帽以外は裸だったのだ。変態さんか。

芹香はこんな見た目だが、実は運動系の部活のマネージャーをやっている。
それで若い男性の全裸を見た事は幾度かあった。事故でだが。
だから男に生えている物に見覚えはある。若い男性からは外れるが、父親のだって見た事があるのだし。
そして知識も一応あるので、相手のそれがいわゆる「勃っている」事も判る。

だがこれまで、勃起している状態のそれを、生で見た事はなかった。
それが大人の腕ほどの太さがあることにも、咄嗟には何も感じなかった。
まあそれは別として、明らかにこれは危険な状況だ。
さっきのは予感だったが、ちんちん放り出して立ちはだかる男相手に、予感もへったくれも無い。

彼女は水面に座り込んだ状態のまま、じりじりと後ずさる。
ミニプールは小さいので、その端もすぐそばだ。もうちょっとで手が届く。
あとは、ぱっとプールサイドに飛び上がって駆けだせば・・・。
そう思った瞬間、男は滑るように水面を動き、芹香のすぐ前に立った。
「えっ・・・!?」
背筋がぞくっとした。今のは、およそあり得ない動きだ。
水が一切波立たず、そもそも男は足を上げる動作をしなかった。
ただ、滑るように移動した。

男が彼女の肩を掴む。
「ひゃあああっ!」
盛大な悲鳴を上げて、彼女はその手を払おうとした。
危ない、この相手は普通ではない。
格好とか行動とかいうちゃちなレベルではなく、存在として異常だ。

ぱしっ!
振り上げた腕は、あえなく迎撃された。がっちり握られて振りほどけない。
「つれないな、さ、遊ぼうぜ?」
「うっ・・・」
相手の力はかなり強い。少なくとも芹香では、力で対抗するのは無理そうだ。

突然、彼女は思い出した。
ミニプールで、この状況に合致しそうな出来事がある。
事前調査で引っかかったので、彼女はそれを知っている。
どうしてこのプールを他の誰も使っていなかったかの、3つ目の理由でもあった。

昨年の夏、このプールで2件の婦女暴行事件が起きている。
現場はこのミニプールで、どちらも性的な暴行を受けただけでなく、重傷を負っていた。
犠牲者の片方は女子大生で、ミニプールの端に引っかかる状態で見つかり、生きてはいるがいまだに正気に返らないらしい。
もう一方は女子高校生で、こちらの傷はもっと酷く、血で真っ赤になったミニプールの中に沈んでいたそうだ。もちろん発見時には既に死んでいた。

犠牲者はどちらも一人でプールに泳ぎに来ていて、前後に誰かが出入りしていた形跡はない。
ホテルの従業員による犯行が疑われたが、アリバイがあってそれは晴れた。
それでもかなり風評被害を受けた。
本来ならこのプールの利用者はもっといる。無人だったのは事件の影響だ。

芹香は思わずつぶやく。
「まさか・・・去年、ここで女のひとが」
「あ? なんだ、知ってるのか」
にやり、と水泳帽の男が笑う。
身に覚えがなければ今の彼女の言葉では意味不明だったろう。
「あの、ひょっと、して・・・?」
「そうだよ、俺がやったのさ」
「でも、他の人は、ここに入ってなかったって」
「そりゃそうだろうよ、俺は最初からここにいたんだから」

彼女は、先ほどこの男が突然現れた事、さっきの不気味な移動を思い出す。
ひょっとして?
「ここに・・・いた? それなら今日も・・・最初からいたとか?」
「そうだ。なんせ、よそには行けないからな」
「・・・あなた、いったい・・・何者?」

男がにやりと笑う。
「今は、プールの太郎、とでも呼んでもらおうか?」
「プールの・・・太郎?」
「そうそう。元々は学校に居たんだがな」
「え、学校? 学校って??」
なんでここで学校が出てくるのだろう。

「学校に良くあるだろ、七不思議って。俺はもとはその1つだったんだ」
「あ、うん、あるよね七不思議・・・って? その1つ・・・」
「今は違うけどな」
「どうして? もとはって言ったけど」
「仲間に追い出されちまったんだよ。それでいろいろあって、ここにたどり着いたのさ」
「え? 追い出されるような物なの? 七不思議って」
「あいつら細かい事うるせえんだよ。自分らだって人間にまるっきり無害って訳でもねえのに」

どうやら、追い出されるような物らしい。
それより今、彼は聞き捨てならない事を言った。
排斥した相手の事を、「自分らだって人間に無害じゃない」と評した。

ならば彼が追い出された理由は、人間に害を与えたからだ。それも、元の仲間が見過ごせないほどに。
それから、彼もその元仲間も人間ではない事にもなる。

人間ではない、の辺りはいい。
小さな問題とは言わないが、目下のところは優先度が低い。
問題は、この太郎と名乗っている男は危険な存在らしい、と言う事だ。

確かにこの男の、芹香への扱いは明らかに暴力的だ。
そして死者の出ている婦女暴行事件への関与もはっきり認めた。しかも得意げに。
やばい。こいつ、危ない奴だ。
そんな奴が、何かしら特殊な能力を持っている。
最低でもさっきの変な移動ができるのなら、逃げられる気がしない。
それ以前に、もう腕をがっちり掴まれてるので、離れる事もできないけど。

逃げられないなら、せめて時間を稼ぎたい。
でも、どうすれば?
・・・今は太郎と、なんとか会話が成立している。腕が掴まったままだけど。
だったら可能なら限り、会話を続けてみよう。
会話している間は向こうも他の事をしないかもしれない。
相手がうっかり、こちらに有利な情報を漏らすかもしれない。
それでは、話を続けてみる。
刺激しすぎないように、露骨な拒絶や嫌悪を見せないように、慎重に。

「ええと、あなたは人間じゃないってこと?」
「あたり。理解が早えな、お嬢ちゃん」
「早いもなにも、いまの話で他にどう考えられるの」
「いやいや、人間ってこういう話、なっかなか信じないんだって」
「いくらなんでも、目の前で不思議な事をしたら信じると思うけど」

確かに太郎は普通に立っているだけなら、単なる露出狂の変態だ。
実は私は人外ですと言ったとして、ああそうなんですか、とすぐ信じる方がおかしい。

芹香がそれを素直に信じたのは、確かに彼女の発想が柔軟だったせいもあるが、状況証拠からだ。
彼がやらかした動きや神出鬼没っぷりは、通常の物理法則では説明できない。
晴天の直下で相手が裸で、肉体接触まであっては手品を疑うのも難しい。

「そうでもないぜ? 去年の女は信じなかった」
「そうなの? ひとによるのかなぁ」
「頑固な女でな、あれは最後にざくっと切り取った時まで、何されたか判らなかったろうな」
「ざくっと・・・!?」
ひいい。芹香は内心悲鳴を上げた。そんな話の詳細は聞きたくもない。

怯えが顔に出てしまったのか、太郎が嬉しそうに、邪悪な笑みを見せる。
「おや、興味があるか? いいぜ、教えてやる。まず死にかけの女のここをな」
「い、いいです、いいですぅ!」
ぶんぶんぶん。芹香が激しく首を振るが、太郎は止まらない。
「こう押さえてな、一気にざくっと切り取っちまうんだ」
「だ、だから、もういいですよぉ!」
太郎が何やら手振りをしているが、芹香はそれを見るどころではない。
「いい感じだぜ? 切り取られた後は、もう誰がやったかなんて言えなくなるんだ」
「いいですってば、も、もう、やめてぇ、ひいいいい」
涙目の芹香はとうとう悲鳴を上げた。スプラッタは苦手なのだ。

でも少し違和感はある。
去年の事件の被害者たちは、酷い傷を負わされていたそうだが、何かを切り取ったという表現はなかった。
それとも報道では出さなかっただけで、実際はそんな惨殺死体が・・・?

怖い考えになっていく芹香に、太郎が言った。
「今回、お前にはやらないけどな」
「・・・へ?」
当の太郎は、嗜虐的な笑みを浮かべたままだ。
内容的には優しいとすらいえる言葉だが、どうもそういう意味には取れない。
だが詳細を聞きたい話でもない。もう話題を変えたかった。

「あの、さっきの話、もう一年前ですよね?」
「ん? ああ、忌々しい事にな」
話題転換に乗ってくれので、芹香はほっとする。何が忌々しいかはあえて聞かない事にする。

「どうしてこの一年は、何もなかったんでしょう?」
「条件に合う奴がいなかったんだ」
「・・・条件? そんなものがあるんです?」
太郎に襲われる条件がある? なんだろう。
それともまさか、襲撃を防ぐ霊験あらたかなお守りでも売ってるのだろうか。

「たいしたこっちゃない。単に女が1人で来るのを待ってたのさ」
「・・・・1人、ですか?」
「相手が大勢だと危ねえだろ」
「でも、姿を消せるんじゃないんですか?」

言った後で、しまったと思った。太郎は直接は、自分が姿を消せると言っていない。
ただ、ずっとここにいたと言っただけだ。
それなのに突然現れた。
逆に考えればそれまでいたのに、姿が見えなかった。
ならば任意で姿を消せる可能性が高い。芹香はそう推測していた。
そして、そんな事ができるなら、戦闘力など問題にならないはずだ。

でも、言っていないはずの事をなぜ知っていると突っ込まれたら、妙な流れになりかねない。
内心で焦る芹香だが、今回は表に出なかったようだ。太郎はごく普通に返答をする。
「あいにく制約があるのさ。誰かに手とか足とかの、身体のどこかを掴まれると消えられねえ」
「ああ・・・鬼ごっこみたいな感じですか?」
何気なくそう答えた途端、男の顔からにやけが消え、目線が厳しくなった。

ひぃ、またしくじった!? 「鬼ごっこ」って言葉に何かあるの!?
黙ってうなずくだけでは会話が続かない。
だからちゃんと受け答えをしようと思ったが、それはそれで無難に進んでくれない。
スパイの才能ないなーと思ってしまう。

「消えられないだけだぜ? もしお嬢ちゃんに掴まれても、屁でもねえな」
太郎はすぐ、にやけ顔に戻ったが、軽くすごむ。
確かに芹香だったら、掴もうとした手を逆にひねり上げられるだけだ。現にそうなったのだし。

ここは、気にはなるが「鬼ごっこ」という単語を頭にメモするにとどめ、地雷には近づかない事にしよう。

「それなら去年から、誰も一人ではここに来なかったんですか?」
「そりゃな、ふつー女には連れがいる。一人で来るのは訳ありな奴だ。お嬢ちゃんもそうだろ?」
ちょっと強引に話を戻した芹香に、何やら偏見まみれの見解が返ってきた。
別に芹香にそんな事情はないが、反論はしない。相手の話の腰をわざわざ折るのは愚策だ。

「でもたとえば海辺なら、一人で来る人くらい、いませんか?」
「阿呆か。プールの太郎って言っただろ? さっき言ったよな、よそに行けないって」
「あ、うん・・・言ったけど・・・どうしてですか?」
「どうしてもだ。俺はここから離れられねえ。できるんだったら、とうに海から女をさらって来てるっての」
ここを離れられないというのは、かなり大きな弱点だと思うが、現状は役に立たない。
でもその制約があって良かった。さもないと酷い事になっていただろう。

「じゃあ、一人で来たのはあたしが久しぶりなんですね? なんですぐ襲わなかったんですか?」
「へえ、襲ってほしかったのか。そりゃ悪い事したな」
「ち、違いますよぉっ!」

あわわわわ。あたし真剣にスパイの才能ないよね?

慌てる芹香だが、太郎も冗談くらい言うらしい。そのまま普通に答えた。
「待ってただけだ。確かにお前みたいなガキは趣味じゃないが、他に来なけりゃ贅沢は言えんだろ」
「・・・待ってたって、何を?」
ガキだの趣味じゃないだのには少しムカつくが、自分が子供にしか見えない事は自覚している。
それならいっそ放っておいてくれれば良かったのに、とも思ったが。

「お前が疲れるのをだよ」
「そ・・・そうですか・・・」
「あと、本当に連れが来ないのかも気になったしな」
「・・・」
露骨な狩る側の論理に、芹香は思わず気圧される。

相手が一人なのを念入りに確認し、しかも疲れるまで待つ。
どれだけ石橋を叩いているのだろう。
その上、太郎自体も弱い訳ではない。彼女の体感では一般人より腕力がある。
ここまでされれば、襲撃の成功率はかなり高そうだ。
しかも、それに加えて得体の知れない力まで持っている。こんなのにどう抵抗できると言うのだろう。

・・・いいえ、あきらめちゃ駄目。
芹香は気力を奮い起こそうとする。
そうだ、便利な能力にはきっと制約があるはずだ。
世の中、上手い話には裏があるものだから。
さっきも彼が言ったではないか。掴まれたら姿を消せないと。
他にも何か、単純な弱点があるのではないか。

せめて、あの変な移動だけでもどうにかならないか。
あれがある限り絶対逃げられない。

「・・・他にもまだ、凄い力を隠してませんか?」
「は? なんのこった?」
「さっき、変な動き方しましたよね?」
「変な?」
「はい、すうーって近寄ってきたじゃないですか。あれ普通に動いたんじゃないですよね?」
「そりゃな。俺はプールの太郎だから、水場では自由自在なのさ」

何の説明にもなってないが、移動関係の能力がある事の裏はある程度取れた。
だがそれはただの確認であって、どういう能力なのか、弱点がないのかは全く判らない。
「それって、いつでも使え」
「もういいだろ。考えてみりゃお嬢ちゃんの質問に律儀に答える義理はねえな」
「あっ・・・」

失敗した。焦ってしまった。
しばらく黙りこんでから、おもむろに彼の能力について、単刀直入に聞いてしまったのだ。
それで、こちらが情報収集してるのを察してしまったのだろう。
やはり自分には、スパイの才能が壊滅的にない。

太郎は掴んだままだった芹香の腕を、ぐいっと引っ張り上げ、強引に立たせる。
ぐりっ!
「い、いたたた」
腕を捻られ、芹香は無理やり反対を向かされた。
芹香の水着の股間に指が触れ、少し膨らんだ部分を布の上からまさぐる。
「や、いやっ」
抵抗しようにも、下手に動くと腕が折れそうだ。
指が、股間を覆う生地の脇から潜り込み、じかに中を探り始める。
「や、さわらないでっ」
「くくっ、楽しい遊びの始まりだ。ああそうだ、この遊びが終わっても、お前は帰れないぜ」
「え?」
「考えてみろよ。お前を素直に返したら、ここに俺がいるのがばれるだろうが。そしてら物騒な連中がやってくるだろう?」

この場合の物騒と言うのは、太郎を退治するような存在だろう。
芹香にとっては物騒どころか救世主だが、ここにいないのだから考えても仕方ない。
それより、今の太郎の発言は少しおかしい。

「で、でも! 去年は帰してるじゃ・・・」
そこまで言った芹香の中、性器内に太郎は乱暴に指を突っ込む。
「うひっ!」
「別に帰した訳じゃねえよ。遊んだ後のゴミを捨てただけだ」
「ご・・み・・・?」
指の侵入の痛みを束の間忘れ、芹香は愕然とする。
太郎にとって遊び終わった女はゴミという意味なのか?
その後、たまたま生き残った女性は完全に想定外だったと?

「でもあれで、えらい騒ぎになっちまったんだよな。それで獲物が全然来なくなっちまった」
ぐちっ!
指が更に奥まで突き込まれた。ぐちゅぐちゅっと掻き回す。
「いたいっ、だめ、やめてっ」
「やめてと言って素直にやめる阿呆がいるか」
せせら笑うと、太郎は執拗に芹香の中を蹂躙していく。
水着のその部分が赤く滲み、内股にも少し血が垂れる。

「いたい、いた、いたいっ」
「また騒ぎになったら嫌だから、お前はゴミとしては捨てないで隠しちまうさ」
もがく芹香に、男が自慢げに言い放つ。
「か、かく、す?」
「このプールの底には俺の陣地があるんだよ」
その言葉の間も、指を動かす。
じゅ、じちゅ、じちゅっ。
「あう、あ・・・いや・・・あう」
粘膜を執拗に痛めつけられて、芹香が半泣きでもがく。
彼の指でも彼女の膣には十分太い。
乱暴にこすられて、中は既に傷だらけだ。処女膜など一番最初に破られている。

突然、その指が乱暴に引っこ抜かれた。
「ふぁうっ・・・」
傷ついた粘膜まで一緒に引きずり出されかけて、芹香が苦痛の喘ぎを漏らした。
太郎の声がそんな彼女に被さる。
「そこにお前を連れ込む。それでもう外からは誰にも見つけられない」
「・・・え・・・・え?」
やっと考える余裕ができて、太郎の言っていた言葉が頭に届く。

呆然としている少女の水着の股間を、血に濡れた指がぐいっと大きくずらした。
中の性器がむき出しになる。彼女の体と同じように、そこも幼くて未発達だった。
縦向きの亀裂は単純な一筋で、辺りにも産毛しか生えていない。
亀裂の中から血が零れ出ている。それが周囲を赤く染めていた。

男はむき出しになった陰唇を指でめくる。
引っ張られて中の華奢な構造が丸見えになった。膣口からは血が滲み出ている。
つぷ。
そこに指先が突っ込まれた。
「ちっちぇえまんこだな。突っ込んだらぶっ壊れそうだ」
「うぃっ・・・く・・・」
指先で膣口をいじくられ、芹香が身じろぎした。

彼女は軽く恐慌状態に陥っていた。
太郎ができもしない事を、ここで言い出す必然性がない。
実際に、今言った事ができる能力があるのだろう。
この男がどれだけ万能なのか、底が見えない。さすがに心が折れそうだった。

このプールにいるならまだ希望もあった。でもどこかに幽閉されたら終わりだ。
誰にも見つからない彼の陣地とやらで、死ぬまで慰み者にされてしまう。
そんな、怯える芹香を、太郎は満足げに見下ろしていた。

彼には誰かと何かを話すような機会が久しくない。
これまで捕獲した女とは、交わす言葉は彼からの言葉攻めと先方からの許しを請う哀願程度だ。
稀に罵倒される事もあるが、最初だけですぐに屈服させていた。

今回はつい、その稀な機会に乗って、何となく会話を続けてしまった。
その気になれば相手を一瞬で制圧できるという余裕もあった。
掴まれたら駄目な事をつい漏らしたのは、少しばかりの油断だろう。

少女が「鬼ごっこ」という単語を使った時は、何か見破られたのかと警戒した。
それは彼の力を構成するキーワードだったからだ。
鬼ごっこで捕まらない能力。それが根底にあり、掴まれれば使えなくなるのもそのためだ。
ただ少女にそこまでの深い意図はなかったようなので、あえて見逃したが。

彼の能力は、姿を隠す力と、逃げる力の2種類だ。

前者は、発動すると相手から見えなくなる。厳密には不可知になり、触られもしなくなる。
制限として発動中は彼からも触れない。しかし相手の様子は見えるので、逃げられるだけなら確実だ。

後者は、彼の支配領域内、今だとこのプール全域だが、そこを高速で動ける。水中でもお構いなしだ。
制限としては水平移動だけで、かつ邪魔物があるとその先に進めない。

他にもこの2種類を同時に使えないとか、支配領域の外には出られない、つまりプールから上がれないといった制約がある。
つまり彼は、少女が思っているほど万能ではない。
だが相手が勝手に過大評価しても構わない。むしろ好都合だった。

相手が情報収集しているのに気付いた以上は、茶番に付き合う必要は無い。
それに、実はそろそろ会話にも飽きていた。
子供なのは物足りないが、久しぶりの獲物だ。せいぜい楽しませてもらおう。
ああ。その前にもっと絶望してもらおうか。

太郎は、何気ない口調で言った。
「お前は、俺の陣地ですぐ死んじまうだろうがな」
「え・・・な、なんで? なんで?」
「陣地は水中だぜ? 息できないだろ?」
「すいちゅ・・・え・・・」

芹香は呆然とする。
死ぬまで閉じ込められるかも、とは思ったが、それは死そのものとは微妙に違う。
更にここまで相手は、明確に彼女に対する殺意も口にしていない。
彼女はそれに、まだほんのわずかな希望を残していた。
・・・たった今まで。

その淡い希望を打ち砕くが楽しいのだろう。太郎は嘲笑するように言い放つ。
「生きたかったか? 俺もちょっと残念だな、生きたまま連れ込みたかったぜ?」
「な、なら・・・そんなの・・・やめて・・・」
「ちょっとだけさ。後はお前の死体で遊んでやるさ」
「あ・・・あ・・・や・・・やぁ・・・」

こちらを見る少女の涙目、絶望に押し潰されていく表情、それに太郎は満足を覚える。
このためにわざわざ、説明を2段階に分けたのだから。
芹香を脅すのに使った、見えない陣地に隠してしまうというのは、姿を消す能力の上位版だ。
あらかじめ設定しておいた陣地に、瞬時に隠れる事ができて、他の人間も一定範囲内なら連れ込める。
そこでは彼だけでなく、連れ込んだ人間も外からは見えなくなるのだ。

他の能力と違い、瞬間発動ではなく溜めが必要なので緊急時には使いにくく、また一日一回しか使えない。
乱用はできないが、最近は使ってなかったので問題ない。
更に余分に彼の力を消費してしまうが、連れ込む人間には、何かを陣地内に持ち込ませない事もできる。
武器を持っていればそれを除外すればいい。何もないなら衣服を剥いでしまう事もできる。

そうやって無防備にした女を陣地に連れ込んだ後は、好き勝手になぶり物にできる・・・はずだった。

何かのいたずらか、それとも当然の摂理か。
彼は水に最適化した存在だ。水中でも平気で生存できる。
そのせいなのか、陣地は水中にしか作れなかった。
それでは連れ込んだ相手が皆死んでしまうから、軟禁目的に使えない。陣地内では死体は腐らないから、遊び道具には使えるが、価値は半減どころではない。
生きたまま連れ込めないのを一番残念がっているのは当の太郎だった。

だが、それはおくびにも出さない。
この少女を最終的に殺す事は、最初から確定していた。
わざと話を小出しにしたのは、監禁される事実で絶望させ、死ぬしかない事実でまた絶望させるためだ。
彼は獲物を苦しめるのが楽しくてたまらない。
だからこれは、一粒で二度美味しい、という奴だ。

「それでも、生きてる方が遊び甲斐があるのは確かだがな?」
半ば独り言のようにそう言った太郎は、芹香の膣口から指を抜くと、代わりにペニスを押しつけた。
ぐりっ。
「ふぎっ」
固い亀頭に圧迫され、芹香がびくっとのけ反った。
太郎が言い放つ。
「だから生きてる内は、せいぜい楽しませてくれよ?」

めぎっ!
「う、ぎゃあっ!!」
固い肉の棒が、力任せに少女の柔らかな組織をこじ開けた。
一瞬で引き延ばされた粘膜が、圧力に耐え切れず裂ける。
無理やり広げられた肉の穴から鮮血が溢れ、滴り落ちる。
「ひっ・・・い・・・たぁ・・・い・・・」
「ずいぶん狭いな」
少し入った所で止まってしまった。
腕をひねり上げているだけでは、固定が甘くて力が逃げてしまう。

太郎は空いている手で芹香の腰をがしっと掴み、ひねり上げていた腕を離して、腰の反対側も掴む。
捕まえられ、逃げられなくなった少女に、一気にペニスを突きこんだ。
ごしゅっ!
数センチしかない芹香の膣を、ペニスがあっけなく貫通し、奥を思いっきり叩く。
「ぐひっ」
びくんっ。芹香の体が大きく跳ねた。
「ああ、ここまでか?」
ぐりぐりぐり。ペニスがさらに、ありもしない奥まで進もうと、肉の壁をこじる。
「や、はいら、ない、や、やめ」
芹香が必死で逃げ出そうとするが、力の差は歴然だ。
圧迫でめきめきと体の奥が軋み、何かが潰れていく感触がする。

「まあいいか、それじゃ」
ずりりっ。
血まみれのペニスが少女の膣内から引き出される。
「あぐうっ・・・」
そのとんでもない痛みに、芹香がうめく。
ぐずん!
抜けきる前に再度押し込まれ、また体の奥にそれが叩きつけられた。
「ぐひっ」
肺が息を噴出して、それが勝手に声になった。

ずりゅ。
「ふぎぃっ」
ぐしゅ!
「ぎゃうっ!」
ずりゅっ。
「ひ、あ、ああっ」
ぐちゅっ!
「う、い、いた、いたい」

引き抜かれては、押し込まれる。
また引きずり出され、押し込まれる。
ぬらぬらと真っ赤なペニスが膣から引きずり出され、また突き込まれる。
反り返ったペニスで腰を突き上げられ、少女の下半身が軽く浮いては落ちる。
結合部が真っ赤に染まり、血が撒き散らされていく。
「いや、いた、だめ、うごいちゃ、だめ、い、やあっ、ああっ」
あまりの苦痛で、芹香は身も世もなく泣き叫んだ。
ペニスが出入りするたび、体の中でめりめりと音がする。
少女にはもはや、何かを考える余裕などない。

相手のそんな様子など気にも留めず、男は腰を動かし続けながら、感心したように言った。
「これは・・・おい、なんだ、子供ってこんなにいいもんなのか・・・?」
「い、いたっ、いたい、いたい、い、あうっ」
「楽しいぞ・・・なんでこった、子供を犯すのがこんなに楽しいなんてなぁ!」
上機嫌の太郎が、更に激しく腰を動かす。
その動きに合わせ、いちいち少女の肉体が反応する。
びくつき、跳ね上がり、のけ反り、悶絶する。
彼が動くたびに、その苦痛でうごめく様が、いちいちペニスに伝わってくる。

こんな体験は、初めてだった。
脆弱な肉体を苛めるのが初めてだった、とも言える。
太郎はまだ単純な事しかやっていない。
少女に後ろから突っ込んで、後はひたすら突いているだけ。
他の場所は手つかずで、乳すら悪戯していない。
それなのに、これだけ楽しめている。

これまでだと、もっと激しい行為をしないと彼の好むものは得られなかった。
単に挿入しただけでは、まったく足りない。
それが人並み外れたサイズだから、入れただけで大抵の女は痛がるが、彼の方が満足できない。
相手の体に爪を深く食いこませ、肉を抉って、やっと相手は激しくもがき、強く締めつけてくれた。
太郎が欲しいのは、そういうものだ。相手が散々苦しみ、もがき、悶え狂うその様なのだ。

指を柔らかな腹に突き刺して、中身を抉り、引きずり出す。
女の局部の薄い肉を引き千切り、断片を苦痛で悶える女の前に落とし、見せつける。
当人の視界内で乳首を掴み、力づくでもぎ取る。
その乳首を本人の口に突っ込んでやる。
好む反応を獲物から引き出す為に、彼がこれまでやってきた事だ。

大きな乳房は良い標的だった。
柔らかな塊に指を根元まで突き込んで、中身を引っ掻き回してやれば、大抵の女が半狂乱で絶叫した。
しかし、目の前の少女には豊満な肉体などない。突き刺せるほどの乳などない。
だから期待はしていなかった。女を狩る貴重な機会だから手を出しただけだ。

蓋を開ければ、これほど好みの反応をしてくれるとは。
嬉しい誤算だったが、考えてみれば、子供は脆弱なのだった。
大人より反応が良いのも、あっさり壊せるのも当たり前だ。

太郎の歓喜が声になって出る。
「ははは、楽しいぞ、なんで俺はこれに気づかなかったかな」
ぐちゅっ、ぐしゅ、ぐりゅっ。
「ひっ、いた、やっ、いたい、やぁっ」
「学校にはあれだけ子供がいたのにな。わざわざ大人を狙うなんて無駄な事してたぜ」
これまで気づかなかった自分に苦笑する。
響き続ける少女の悲鳴が、泣き叫ぶ声が実に心地よい。

「さあ、もっともがけ、苦しめ、いい声で鳴け、メスガキっ!」
ずに、ずに、ずにっ。
抵抗を押し破りながら、肉の棒が芹香の中を往復する。
みしっ。ぶちっ。
「う、ぎぃっ・・・」
みりっ、みしっ、ぐちっ。
「う、うっ、いた、いっ、ひ・・・」
芹香の華奢な性器は、その暴行で壊れかけていた。
結合部からはひっきりなしに血が流れ、水面を真っ赤に染めていく。

いたい、いたい、しんじゃう。
みずのなかじゃ、ないのに、しんじゃう。
おなかのなかが、あつくて、いたくて、しんじゃう。

おなかのなか、いたい。

とって。しんじゃう。とって。ぬいて。

いたい、いたい、いたい。

ぬいて、おねがい、ぬいて。

いたい、いたい。しんじゃう、しんじゃう、しん、じゃう・・・

かくり、と芹香の頭が垂れる。
ずしゅっ、ずしゅっ、ずちゅっ。
太郎は興奮したままペニスを動かし続ける。彼の股下は血で真っ赤になっていた。
「いぁ・・・い・・・い・・・」
うつむいた芹香の声は、ひどく弱々しい物になっていた。
太郎は行為を続行中で、相変わらず乱暴に彼女を犯し続けている。
しかし少女は意識が混濁し始めて、反応が鈍い。

「なんだ? 生きが良くなきゃ死体と同じだぞ? もう死体になりたいのか?」
「・・・う・・・」
彼の脅しにも反応がない。少女はただ揺さぶられ、責められるだけとなっていた。
「おいおい! もう終わりか? 俺はまだ足りないぞ!」
太郎は少し怒ったように言ったが、その言葉にも反応が返ってこない。
彼は忘れていた。相手が脆弱で壊れやすいなら、限界に達するのも早いという事を。

「ええい、もっと暴れろよ。死んでいいのは俺が満足した後だぜ?」
無茶苦茶な自己主張と共に、太郎がぐうっと腰を引く。
少女の粘膜を引きずりながら、ペニスが引っ張り出されていく。
亀頭を残して引き出してから、力を溜め、勢いよく少女の中に突きこみ直す。

ずぐっ!
ペニスがほぼ根元まで潜り込んだ。
「ふぎゃっ・・・!」
芹香は声を上げ、体をがくがくと痙攣させた。
「ははは、やればできるじゃないか、ほらがんばれ」
ずぐっ!
「ぐ・・・ひゅ・・・」
ずしゅっ!
「ひぐっ・・・はっ・・・」
ずぐんっ!
「うえ・・・ひ・・・」
調子に乗って、さらに強く、突き破らんばかりの勢いで、太郎は芹香の中を続けざまに突いた。
その都度少女が痙攣し、切れ切れのか細い悲鳴を漏らす。
「たっ・・・ひゅ・・・へ・・・てぇ・・・・」
「おい、また声が小さいぞ。でかい声で鳴けよ」
「うちのマネージャーに何をしておる!」

望み通り、ではないだろう、多分。
でかい声が太郎の真後ろから聞こえ、振り返ろうとしたその顔面に拳がヒットする。
「がっ!?」
「外道が! 成敗してくれよう!」
別の声がまた別の向きから聞こえ、今度は蹴りが脇腹にめり込んだ。
それらの衝撃が芹香にも伝わり、少女の体は少しびくっと震える。

「え、なんだこいつら・・・」
太郎が気付かないうちに、周囲を10人近い筋肉質の男たちが囲んでいた。
彼はそこで、先ほど相手が言った言葉に気付く。
「・・・マネージャー?」
思わず視線を下げてしまった。
自分に犯されながら、意識を失いかけている子供。良くて中学生、たぶん小学生だろうと思っていた。
しかし周りを囲む男たちはどう見ても高校生以上で、下手をすれば大学生だ。
そのマネージャー? 訳が判らない。

「あぅ・・・え・・・」
うつむいていた芹香が、周りを見ようとゆっくり顔を上げた。助けが来たのが判ったのだろうか。
「くそっ、こいつの反応が良すぎたのが悪いんだ。夢中になりすぎた」
無茶苦茶な自己正当化をしつつ、太郎は離脱を決意した。

訳が判らなくても、周囲の連中が敵なのは間違いない。
だが殴られただけだ。まだ誰も彼を掴んでいない。
もし掴まれたら一気に不利になる。すぐに行動に出ないと、ぐずぐずしている暇はない。

少女に教えた内容は正確ではない。消えられなくなる、のではない。
能力すべてが使えなくなる。これは彼の意志ではどうにもならないルールだ。

太郎には戦闘向きの能力はないから、荒事には自分の腕力を使うしかない。
決して弱くはない。女子供相手ならどうとでもなる。
しかしこんな屈強な男たちの相手などしていられない。能力でどうにかすべき状況だ。

陣地に引き込む能力は駄目だ。溜めがどうこう以前に、絶対使ってはいけない。
あれは一定範囲の人間を引き込むのだ。今使えば、少女だけではなく周囲の男たちも全部連れ込んでしまう。
確かに人は水中では生きられない。
だがプールの底に引きずり込んだだけで即死する訳でもない。
発動後に陣地内で袋叩きにされ、引きずり出される未来しか見えない。

持ち込めない物として、相手の首を指定できれば攻撃に使える。
そう思って以前、獲物で試した事がある。
だが相手の肉体を損傷させるには、必要な力の消費量が飛躍的に増える。事実上使用不能だ。
ほぼ切れかけている組織なら、切り取るのに必要な消費量はぐっと減るが、意味がない。
それが首なら能力を使うまでもなく相手はもう死んでいる。
能力以外で首を切れるくらいなら苦労はしない。

唯一実用的だったのが、捕獲した女の後始末だ。
散々暴行されて死にかけた女の精神なら、この能力で肉体からむしり取れた。後に残るのは抜け殻だけだ。
芹香に言っていた、「ざくっと切り取る」というのが実はこれだ。

彼のような存在が警戒すべきなのは、自分の存在を知られ、探られる事だ。
蹂躙した後の女を、解析する力のある相手が手に入れれば、致命的な事態になりかねない。
だから前は、遊んだ後で女をどう秘密裏に処分するかに苦労していた。

それがこの方法を編み出してからは一気に楽になった。
抜け殻には太郎に繋がる精神的な痕跡が一切残っていない。気にせずゴミとして捨てられる。
肉体的な痕跡は彼に繋がらないから、もともと気にする必要はなかった。

長い間彼が捕まらなかったのは、この後始末の恩恵が大きい。
もっともこのプールでは、ゴミを捨てたら騒ぎになってしまったが。

精神を削り取る操作を、周囲にいる健康で力あふれる男たちに使えばどうなるか。
試すまでもない。過負荷で太郎は消滅する。
死にかけの女一人に使うからこそ実用的だったのだ。

だから結局、見えなくなる能力しか選択肢が残っていない。
単体にしか作用しないから、少女は抱えていても取り残される。
残念ながら、放棄していくしかない。
せっかくの玩具ではあるが、自分の身の安全には替えられない。

彼は少女の腰から両手を離し、言い放った。
「仕方ない。また獲物を待つさ。あばよっ!」
「・・・・・?」
あばよといいつつその場から逃げようとしない太郎を、周囲の男たちは怪訝そうに見る。
「・・・あれ?」
太郎も怪訝そうな顔になった。
姿を消したにしては、周囲の反応がおかしい。普通に見つめられている気がする。
そもそも能力が発動した手ごたえもない。どうなっている。

最初に彼を殴った男が、苛立たしげに言った。
「何のつもりだ。とっとと芹香君から離れろ!」
「・・・え?」
太郎は視線を下げる。そこには芹香が、先ほどと変わらない状態で残されていた。
小さなお尻のこじ開けられた性器に、彼のペニスが根元近くまで刺さっている。
子供の膣に大人が腕を突っ込んだような状態だ。あっさり抜けるはずがない。

「え・・・まさか、まさか、これか!? これなのか!?」
想定外の事態に焦り、太郎は芹香の尻を押しのけようとした。
「うぎゃうっ」
突然の激痛に、芹香が悲鳴を上げ、のけ反る。
「くそ、抜けねえっ! 離せよ、このメスガキが!」
男の焦った声が、芹香の意識に届く。

はなせ・・・?
なんで・・・?

・・・つかまれたら・・・にげられない・・・

あたし、が、つかん、でる・・・!?

芹香は状況を理解する。太郎は今、自分につかまっているから、消えられないのだ。
だがそれは、今まさに自分の中から引っ張り出されていく。
せっかく、みんなが、きてくれたのに。
にげられちゃう。
・・・そんなの、だめえっ!

気力を振り絞り、可能な限りの力をこめ、彼女は自分に入り込んでいるモノを引きとめようとする。
さっきあれだけ、自分の中から抜いてほしかった、それを。

ぐしゅっ! ぶつんっ!
先ほどを上回る滅茶苦茶な痛みと同時に、何かが千切れる感触がした。
それが芹香の、壊れかけの膣で無茶をした代償だった。
「・・・・・・っ!!」
声すら出せずに、芹香は悶絶する。痛いとかではなく、ひたすら熱い。
その灼熱感がお腹の中を焼いていく。

「くそっ! ガキが生意気に、銜え込みやがってぇ!」
ペニスがまた締め付けられ、抜きだそうとしていた動きが止まる。
太郎は芹香のお尻をつかんで、強引に自分から引き離そうとした。
めきっ・・・めきっ・・・
芹香の中身を掻き出しながら、埋まっていた部分が出ていく。
半透明の粘膜と何かの破片がずるすると一緒に引き出される。
少女はかすかに声を漏らし、小さく痙攣するだけだ。

太郎の訳の判らない言動に戸惑っていた部員たちにとって、相手のその動きは、この期に及んで尚も芹香を犯そうとした様に見えた。
太郎の盤面や腹部に、我に返った部員たちの拳と蹴りが叩きこまれる。
「いつまでやってんだボケがっ!」
「覚悟しろこいつ」
「やかましい、お前らこそ死ねっ!」
ごすっ! ばきっ! ぼすっ!
芹香から手を離して太郎も反撃に転じ、相手に殴り掛かる。
多勢に無勢の割には健闘しているのは、人数差があっても一度に取り囲める人数は4人程度だからだ。

乱闘の動きに振り回される少女の中から、じりじりとペニスが抜けていく。
しょせん数センチの奥行しかない膣・・・そのはずだった。
最後に太郎が深く突き込んだのが、今は彼にとり仇となっている。
ほぼ根元付近まで入り込んでいた。まだそのすべては抜けていない。

けれど、芹香にはもう太郎を引き留める力はない。
自分から太郎が離れれば、すべてが終わるのに、先ほどの一瞬で、ろうそくは燃え尽きてしまった。
彼女の中にぐちぐちと引っかかりながらも、自分を痛めつけていたそれが抜けていくのを、痛みとともに感じるだけだ。

「だれ・・・か・・・おね・・・がい・・・っ」
必死に叫ぼうとしたが、弱った芹香にはもう、ささやき声しか出せない。
この乱闘のさなかでは、それはもう誰にも聞こえない。

「芹香君? どうした、お願いとはなんだ?」
ない事もなかった。
一番最初に太郎を殴った部員が、彼女のかすかな声に反応する。
太郎との殴り合いを中断し、その腰の動きに振り回される芹香の上体を庇うように支え、口元に耳を寄せる。
「・・・そいつの・・・どこか・・・つかんで・・・」
「掴んで・・・だと?」
良く判らないが、これだけ弱っている芹香が必死に伝えようとした事だ。
聞き返すのは時間の無駄と判断し、彼は芹香を支えたまま、他の部員に命じる。
「おい桐生、そいつを掴め」
「は?」
「どこでもいい、掴め!」
「あ、はい・・・・こうですか、部長?」
呼ばれた部員が殴り合いの隙を伺い、太郎の左手首をがしっと掴んだ。
「桐生が手首を掴んだ。これでいいのか、芹香君?」
「・・・ぜったい・・・はな・・・ちゃ・・・だ・・・」
芹香は気を失った。
もう限界をとっくに超え、ただ気力のみで意識を持たせていたのだ。

ぎゅぽっ!
次の瞬間、芹香の性器から、太郎の反り返った血まみれのペニスが躍り出た。
結合が解けて、前のめりに倒れる芹香を、部長が急いで抱き止める。

「く、くそおっ! せっかくメスガキが離れたってのに! てめえ、離しやがれ!」
太郎は叫び、つい先ほど腕をつかんだ相手に掴みかかる。
そこに、芹香をかかえた部長から檄が飛んだ。
「桐生!絶対に離すなよ! 芹香君の指示だ!」
「了解です! ・・・それでおい、なんつったお前? 言うに事欠いてメスガキだぁ?」
「は、メスガキで何が悪い! くそ、手を離せ!」
「口を慎め! こおの、腐れ変態があぁっ!」

ごずっ! 桐生の自由な左の拳が、太郎の鼻っ柱を真正面から叩き潰した。 
「ぐあっ・・・」
鼻血を噴き上げ、太郎がのけ反る。
彼はかなり筋力があるが、人外と言うほどではない。
少なくともこの桐生とかいう男は、筋力ならば更に上だった。
休む間もなく追撃が加わる。太郎の顔に再度、拳がめり込み、更に横からも打撃が加わる。

一方部長は、芹香を抱えてミニプールから上がる。
乱闘現場から10メートルほど離れた場所で、彼女を下ろそうとした。
「大丈夫か、芹香く・・・うおっ!?」
彼の腰や足元が真っ赤になっている。
どこから、と弛緩した少女の様子を確かめ、彼は一瞬絶句した。
太郎のペニスと言う栓が外れた性器から、鮮血がどくどくと溢れ出ていた。

「おい、早く、 誰でもいい、医者を呼べっ! 早く! 頼むっ!」
インパクトの強すぎる光景に、彼はすぐに我に返って絶叫する。
「え、部長、どう・・・うわ、うわ、芹香ちゃん!?」
「わわわ、医者だ、医者はどこだっ!」
太郎を袋叩きにしていた部員たちが、その状態に気づいて騒ぎ出す。
だからと言って、そこで太郎をどさくさ紛れに逃がすような者はいなかったが。

ややあって。
ミニプール内では、顔の腫れあがった太郎がへたるように座り込んでいた。
囲んでいる男たちはいまだ殺気立っている。
無理もない。彼らが大事にしていた可愛いマネージャーがあんな目に遭わされたのだ。
殴り殺さずに留める分別は、なんとか残っていたようだが。

少し離れたプールサイドにはタオルが何重にも敷かれ、そこに芹香が仰向けに寝かされていた。
上からはバスタオルもかけられている。
がに股になっていたが、それは理由があった。
横には、先ほど絶叫した部長が付きっきりになり、手がバスタオルの下に差し込まれている。
スクール水着の股間部分は鋏で切り開かれ、芹香の裸の股間を部長の手のひらが押さえつけていた。
それで足を揃えて閉じていないのだ。

最初はそこにタオルを当てたが、それは瞬時に血まみれになってしまった。
それで部長は、次善の策で圧迫止血を考えたが、それはつまり彼の手が、女の子の大事なところにモロに触る事になる。
一応悩んだが、悩んでる間も出血はしている。だから悩むのは瞬時にあきらめた。
他の部員も何も言わない。茶化すものなど一人もいない。
その前の、あの出血を見てしまっては、言えるはずもない。

「医者はまだか?」
彼の20回目くらいの問いかけに、周囲も顔を見合わせる。
太郎を確実に抑え込むための3人。
芹香を見守り、股間の出血に蓋をしている部長と、念の為の予備でもう一人が待機。
それだけを残し、他の部員は医者を連れてくるために散っている。
警察にも余裕があれば通報する手はずだが、まずは医者だ。

出血はもっぱら内部からなので、外から押さえても効果は限定的だ。何もしないよりはマシ程度だろう。
押さえた性器から、じわじわと血が出てくる。ちゃんとした治療をしていないので当たり前だ。
部長はまさに気が気ではない。彼には珍しく涙目ですらあった。
芹香の体温が下がっている気がするのだ。
まさか、このまま死んでしまうのではなかろうか。もしそうなったら・・・
ぎろりと、ミニプールで座り込む太郎を睨む。

彼は、空いている片手を少女の鼻の前にかざして、呼吸を確かめた。
大丈夫だ、まだ息はしている。
そこで、出血するなら生きてもいるはず、と思いつかない程度にテンパっていた事に気づく。
だいたい、良く見たら胸も動いているではないか。ほら、目も開けている。
・・・はい?

「・・・ぶ・・・ちょう・・・?」
「あ、ああ、そうだぞ芹香君。大丈夫か?」
「じゃないです、すごく、いたいです・・・」
涙声を上げる芹香に、彼は安堵しつつも焦る。
「ぐががが、そ、そうだ、大丈夫な訳などないのだった」
「でも・・・しんでない・・・たすけてくれて・・・ありがとう・・・」
少し無理をして、えへへと芹香が笑い、それを見た部長が真剣に涙を流す。
ああ、守りたい、この笑顔。できれば事件が起きる前にだったが。

それはそれとして、危険な状態なのには変わらない。
このまま何もしなければ、芹香は死ぬ。あの出血を見たのだ。確信がある。
彼女の中身はひどく壊されている。股間を押さえているだけで、治るはずがない。
医者はまだか。まだなのか。
医者を連れてくるのではなく、危険を覚悟で彼女を運ぶべきだったのか。しかし今更だ。
来るのなら、芹香君が生きてくれているうちに、間に合ってくれ、頼む!

その時。プールの更衣室を超え、誰かがやってくる。部員の一人を引き連れて。
「おおお・・・」
それは彼にとって、医者という存在が、何よりも神々しく見えた瞬間と言えた。

 * * *

ホテルの職員と警察、更に医者がプールサイドに集まっている。
太郎はまだミニプール内で、その手首は桐生と呼ばれた部員が掴んだままだ。
芹香は水着の上に大き目のウインドブレーカーを羽織って、足をそろえる方の女の子座りをしている。
そのすぐ横にくっついている部員と、他にも何人かの部員が、警察官に簡単な事情と状況を説明する。

水球部の合宿でここに来て、練習用に、借り賃がずいぶん安くなっていたこのプールを借りた事。
部員がランニングに行っている間、彼女が一人でここで泳いでいた事。
そこに太郎が唐突に現れ、危害を加える事をほのめかし、結局逃げ切れなかった事。
他の部員があとから来るはずなので、時間を稼ごうとしたが、あえなく途中で暴行されてしまった事。
太郎が自分を殺すつもりであると発言し、実際に死にかけた事。
部員たちに助けられ、太郎を逃がさないために腕を握ってもらった事。

ある意味当然だが、腕を握らせた下りで軽く失笑されてしまう。
要するに、太郎が人間ではないと主張している訳なのだから。
「あの有様なのにかね?」
身体が痣だらけで、顔を腫れあがらせた太郎を指さし、警察官は言う。

「・・・必要だったんです・・・」
顔色の悪い芹香が、慎重に答える。
先ほど医者に応急措置を受けたが、この後はすぐ入院することになっていた。
水着の股間部分には医療用の止血パッドがあてがわれているが、それはもうじっとり血で濡れている。
彼女の傷はあまりに酷くて、まだ出血が完全には止まっていない。
それでも、部長が彼女の股間をぴっちり押さえ続けてくれていたのは、少なくとも出血を減らすには効果はあったらしいが。
あれは気づいた時に軽く驚いた。奥手な部長が、よくまあそんな大胆な行動に出たものだと。

さて、問題は太郎だ。
ミニプール内に無様な有様で捕まっている有様を見ると、自分でも信じられなくなりそうだが、でも、あの動きと神出鬼没っぷりは忘れられない。
しかし、姿を消せるというのは、まだ警察に信じてもらえていない。
証拠もなしでは、そんな突飛な話は受け付けられないのは判る。
だが実験はさせられない。消えられたらおしまいだ。
実験をする流れになったら、体を張ってでも阻止するつもりだった。
そのために病院にも行かず、ここで頑張っているのだから。

一方警察官も、つい笑いはしたが、すぐにその笑いを消す。
目の前の少女は、健気にふるまってはいるが、相当ひどい目に遭っているはずだ。
しかも先ほど医者から、予想以上に少女の容態が悪いので、すぐにでも病院に連れて行きたいと打診を受けた。
最初はもっと元気そうだったので、当人の主張に従う形で暫くの慰留を決めたのだ。
本来はきちんと産婦人科系の検査をするのだが、これも当人が現場に居る事を主張したため、屋外でそういう検査はやりにくいため、見送っている。
だが少女はもう、今にも死にそうな顔色で、息も絶え絶えだ。
医者として、これ以上はもう待てないと言われた。

そうだ、笑っている場合ではない。聞く事は聞いた。病院に運ばせよう。
彼は医者に合図をして、芹香に言った。
「主な罪状は現行犯だから言い逃れはできない。君の話を聞く限り、殺意もあったんだから、殺人未遂は立証できそうだ。その時はぜひ、証言を頼む」
「はい・・・」
芹香は幾分ほっとしたように頷いた。でも最大の難関がまだ解決していない。

本当は、もう終わりにしたかった。
さっきからお腹の中が疼き、酷く痛い。止血パッドからはとうとう血が漏れ始めている。
気温は暖かいはずなのに、やたら寒くて悪寒がする。
気持ちが悪くて吐きそうだ。油断すると、いやこのままでも時間の問題で、意識を失いそうだ。

体の不調が明らかに危険な水準に達している。
でも医者に言う訳にはいかない。言えば病院に運ばれてしまう。
太郎の手を誰かが掴み続ける、と言う言質を取らないと、この場から離れる訳にいかない。
そうしないと、あの努力がすべて無駄になってしまう。

その太郎は、プールサイドの警官に囲まれていた。
もちろん太郎をプールから引き上げ、拘束し、連行するためだ。
だが、太郎は抵抗を続ける。
「まて、あのガキの話は聞いただろ? 俺はここから出られないんだよ」

警察官は、そんな話を相手にしない。
「よた話はいい、さっさと出ろ」
「た、頼む、ここから移動するにはちゃんと手順があってだな、こら、よせ、引っ張るな、まて、やめろ」
「こいつ、抵抗するな」
「やめろ! な、あんた、その手を放してくれないか、頼むから」
手首を掴んだ部員に太郎が懇願するが、厳しい表情で言い返される。
「芹香ちゃんに離すなとお願いされたのに、離せる訳がないだろう」

警察官は、太郎の腕をつかむと、プールから引きずり出しにかかった。
「だ、だめだ、頼む、やめてくれ、駄目なんだ、ほんとに駄目なんだ、やめろ、やめろ、やめっ」
ざばっ。
太郎の最後の片足が水面から離れた。

「・・・うっ、ぎゃあああああああああああああああああああああああっ」
じゅうううううっ!
太郎の全員から赤い煙が上がり、爪や皮膚を焦がしたような嫌な臭いが立ち込める。
「いいっ!?」
「え!?」
「な、なんだ!?」
周辺の人間があっけにとられ、煙に包まれる太郎を見つめた。
その手を掴んでいた部員の顔もひきつる。

煙の中の人影が、すうっと小さくなる。
20秒ほどで煙は薄れ、消えた。後には赤黒くて細い、紐のような物が残っている。
棒人間の絵の様に、人の頭や手足の繋がり具合だけが残っていた。

元は太郎の手だった紐を、驚いたことにまだ掴んだままだった部員が、呆然としたように芹香に言った。
「まだ握っていた方がいいのかな?」
「・・・うん、念のため・・・その方がいいかな・・・」
蒼白な顔で呆然としたまま、芹香も答えた。

 * * *

「プールの太郎」案件における追加報告書
作成者 守一

本書類は、Y種存在と推測される、自称「プールの太郎」(以下本文書内では太郎と記述)の行ったA種行動に関する報告のまとめである。
前回の報告書が事実の羅列に留まり、繋がりや意味づけが把握しにくいとの要請により作成された。

まず今回の補足資料について説明する。
出来事の時系列を整理して俯瞰的に総括した物を用意した。別資料1と2を参考とされたい。
太郎の出自と過去について、推測を含めて別途まとめた。別資料3を参考とされたい。
関係者の氏名、職業、案件への関わりを別途まとめた。別資料4を参考とされたい。
被害者の一人、山岸芹香について、診断書を要約し、別資料5とした。カラー写真付きのため、この種の映像に耐性のない者は気分が悪くなる危険性を警告しておく。

以下は本文であるが、一部の情報は前回の報告書と重複する事を、ご容赦願いたい。
また前回同様、太郎が消滅しているため情報の精度と網羅性に限界がある事もご了承いただきたい。

私が当案件に関わったのは、民間からの要請によるものである。
その要請は、太郎が消滅した事を異常事態だと判断した民間人が、過去に関わりのある私に連絡を取る形で行われた。
要請後に私は速やかに現場に向かったが、到着時点で太郎消滅より150分が経過しており、太郎より直接情報を得る事は不可能であった。
代わりに私は簡易な事情聴取を実施する。その途中で太郎の残留物がある事を確認し、これを回収した。
続けて、他の危険存在の探索を行って、当面の危険性はないと判断した。
補足すると、私より探索について適正の高い者が後日派遣され、同様の結果を得ている。
当該施設は現在は安全であると考えて良いだろう。

それ以後、私はこの事件の事後処理を主に担っている。
警察機構に情報は提供したが、昨年の婦女暴行事件は、依然として未解決扱いである。
今回も、犯人が事故で死亡したという扱いになっている。
警察機構の方針を考えると、これらの結果は現状はやむを得ないと言えよう。
この方針を受け、私は関係者への事情の周知と口止め、そして犠牲者への対応を行った。
口止めに関しては、概ねは肯定的に了解を得られた。
あえて平文で表現すると「こんな話を人にしても信じてくれる訳ないだろう」という反応である。
犠牲者への対応も、その後の状況改善を図ったため、概ねは好意的な反応となっている。

さて折角の追加であるので、この案件全体への評価をしてみる。

この案件は、結論から言うと複雑な背景を持たない、太郎の暴走のみで構成される単純な事件であった。
故に続発はないと予想され、警戒すべき模倣犯も出現していない。
しかし別資料4に詳細を挙げた通り、死者を含む犠牲者が既に出ていた事、そして新たな犠牲者である山岸芹香に別資料5で判る通り、重度の肉体損壊を与えてしまった事は、大変遺憾と言える。
別資料3に挙げたが、太郎は以前の拠点でも、同様の手口で比較的短期間に連続して死者を出している。
これを当時は単なる通り魔殺人と扱い、A種行動と判定できなかった事が、今回の案件の遠因となった。
言うは易く行うは難きの通り、当時の担当者を安易に非難はしないが、同種の案件の再発を減らす努力はすべきであろう。
犯人不明のままの連続殺人事件は多数あり、その記録に対しての再精査を具申したい。

最後は犠牲者についての補足である。
まず山岸芹香であるが、別資料5の通り、生殖器周りの組織及び臓器に壊滅的な損傷を受けており、生命の危険に晒されていた。
それにも関わらず、当人は太郎の逃走の可能性を潰すため、周囲に体の異常を隠し、ぎりぎりまで現場に留まっている。
警察側にY種存在の理解者が居なかった事が、この無茶な行動の理由となった。
まったく同じ状況が頻発するとは思えないが、被害者に負荷の多いこの種の状況の改善は、今後の課題であろう。

幸いと言うべきか、早期に太郎が消滅し、山岸芹香は体の不調を周囲に告白できた。
それでも病院への搬送中に人事不省状態に陥っており、もし太郎の扱いにもう少し時間が掛かっていた場合、死亡していた可能性が極めて高い。
この無理な行動が祟り、入院して暫しは意識不明の重体となり、退院も長引いた。
現在も後遺症があり、日常生活に支障がある模様である。

次が川辺加奈子である。詳細は別資料4にあるが、彼女は昨年の太郎の暴行事件での生存者である。
こちらは事件後より心神喪失状態が続いており、その解除に難航したが、現在はその状況から離脱済みで、療養中となっている。
現在の社会はこれら特殊案件の被害者を支援、救済する体制や手段にまだ乏しい。これも長期的な課題であろう。
とりあえずは、先ほどの両名について、私が個人的に支援している状態となっている。
彼女たちの今後の人生が少しでも明るい物となる事を祈りつつ、本報告書を終える事とする。

 * * *

「・・・終える事とする。よしこんなもんか」
私はキーボードから手を離す。
硬い文章は苦手だが、書けと言われれば仕方がない。
必要な報告は十分してきたのだが、何故か後からまた安易に再報告をさせようとする奴もいる。
だがそういうのが貴重なスポンサーだったりするし、本部にはいろいろ都合をつけてもらってるから、この位の手間は引き受けるがな。

さて、文書に盛り込む情報は、この程度で充分だろう。
関係者のその後について、細かな近況などいるまい。
犠牲者達へのアフターフォロー内容も、詳細まではいらんだろう。

芹香ちゃんが入院中に部長と付き合い始めたとか、彼が退院後の彼女の身の回りの世話をせっせと焼いてくれているとか、そんな事を書いて誰が得すると言うのだ。
そろそろ芹香ちゃんのフォローは部長氏が主役となっていくだろうしな。

まあ、とりあえず芹香ちゃんの様子を見に行くとするか。可愛い子を見に行くのに理由などいらん。

報告書をプリンターで打ち出しながら、私は外出の準備のため、席を立った。

<おわり>
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太郎くん、さすがに学校妖怪をやるには性格が邪悪、いやそれで済んでない。嗜虐的過ぎたのでは。

ところで最期を締めてる妖怪関連の仕事してるらしい人、文書は電気で打ってるのに提出は紙なのか。